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日本
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    よくわからない動機で日記を一年間書こうと決めたのが、ちょうど一年前の今日である。出来ないことは言わないほうが身のためだと、改めて感じている。

    「恥を知れ」というが、ひとりの人間としての中身の無さを公に晒して、まさに「恥を知った」一年だった。最近の日記と関連づけると、恥を「知って」自分が「変わった」ということになる。無論、全てのものが日々変化しているため、当然といえば当然のことである。これを端的にあらわした言葉が「諸行無常」や「万物流転」であり、まさに日本人の精神は古くから「移ろいゆくもの」を見つめてきた。

    なぜ、そんなことをわざわざ言うのか。それは、僕が学校教育のなかで逆のことを教わってきたからである。人にはみんな「個性」があって、「変わらない」自分がいる。「アイデンティティー」も、その類いの言葉である。無理やりに「自己同一性」などと訳してはいるが、そもそも日本人には馴染みの薄い思想だったわけで、しかし僕らの世代にはなんとなく浸透してしまった。

    これは反省すべきだろう、と思った。なぜなら、そんな学校教育が僕にとって「つまらない」ものだったからである。それで高校まで勉強が嫌いだったが、今は勉強が楽しくて好きだ。

    「日本とは何か」ということを、司馬遼太郎は小説を書きながら自問していたという。これは、決して学校が教えてくれることでもなければ、明瞭な答えが得られる問いでもない。しかし、そこに真に「学ぶ」意味があって、それは「楽しい」から考えるのだと、司馬さんは僕に教えてくれた。

    勉強は、学ぶことは、楽しい。生きていくなかで、苦しいことは沢山あるけれど、花が咲き、鳥がさえずり、風を感じ、月を見れば、ちいさな幸せに気付くことができる。四季折々が、いろんなことを僕に教えてくれるから、日本が好きだ。日本は良い国だと、僕は思う。

    だから僕は、「日本とは、日本人とは何か」と考える。考えることそれ自体が、そもそも幸せなのである。

    では、幸せとは何だろうか。

    あなたが、この文章を受け止めて下さったなら、僕にとっての幸せは、あなたが幸せになることです。

    いきなりパスを投げてすみません。一年間、辛抱強く読んでくれた皆様へ、本当に有難うございました。しばらく勉強したら、また、書きたいと思います。

    山田哲大
    【2015.03.23 Monday 09:59】 author :
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