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林檎
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    日本人は、自分の国にこだわりすぎだよ。

    と日本に住む外国人に言われたことがある。僕が「あなたは日本人より日本の魂を持っている」と言ったら、そのような返事が返ってきた。

    リンゴと梨は、違う。

    言葉というのは、違いを意識付けるための手段である。
    あるいは、同じを意識するための手段でもある。

    本当にリンゴと梨は違うのか。このリンゴとあのリンゴは同じなのか。日本人と外国人は違うのか。あの日本人と僕は同じなのか。

    なかなか、答えらしいものがない。

    理由は、意識または無意識を言語化しているからだと思う。言葉は、心を100%正確には捉えきれない。

    楽しいから「楽しい」と言う。でも、いつも同じ「楽しい」かと言うと、全然違う「楽しい」かもしれない。それをひとくくりにして「楽しい」と言う。単純化とも言える。

    僕の、日本人と外国人の区別は、単純化である。そのほうが世界を認識しやすいから、そうする。

    それで最近、農業に興味が出てきた。

    リンゴはリンゴと言うけど、リンゴの生産者は「あのリンゴとうちのリンゴは全然違う」と言う。当たり前の話だが、そこに興味がある。

    話が全然まとまらない。

    日本人として、僕は、生きている。それを誰かが嫌がったり、疑ったりして、初めて「果たして自分は本当に日本人なのか」「日本人とはなにか」と問う。学問とは、そういうものかと、思い始めた。

    山田哲大

    【2015.01.27 Tuesday 19:45】 author :
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